プロローグ

 201x年、教員を目指す者が爆発的に増えた。
 もともと教員の資格は取れるが採用はされづらいという傾向に拍車をかける状況を受けた政府は、教員資格を取りづらくする事、また、バラエティに富んだ教師を揃える事を目的として、教育実習の単位をとるための方法を、実習生を受け入れる学校側に一任する制度を発足させた。
 それから数年後。
 学校間で当然のように単位取得の難易度に格差が発生した。
 それは、どこの学校で教育実習し、教員になったかがステイタスとなる状況を生み出していた。
 聖ルビコン女学院。そこは教育実習単位取得難易度特A級の高校であった。

 1

 大学を卒業し、独立独歩の志を持つ俺は就職をしなかった。
『俺は俺の旗の下に生きる』
 それが俺の座右の銘だった。
 とある交差点。
 いつものようにアルバイトを終えての帰路。
「危ないっ!」
 不意に何処かから声がした。
 振り向くと、猛スピードで近づいてくる車。
「なに!?」
 車のクラクションがドップラー効果により甲高く鳴った。
 体が動かないっ! ひ、轢かれるっ!
 死。
 宇宙の涯を意識したその瞬間、
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 掛け声と共に、ドンと強く背中が押された。
 倒れこむ俺。
 そのまま地面を滑るようにして車を避けた。
 ……た、助かった?
「お、おい」
 俺に覆い被さるようにしている男がいる。
 ……こいつが助けてくれたのか?
 彼は親指を突き立てて言った。
「大丈夫か?」
 ヒーロー? そんな事を思わせるような、なんとも気持ちのいい笑顔だった。
「ああ、何とか……って、おい、ちょっと待て!」
「ん? 何だ礼なら……」
「お前の足、変な方向に曲がってるぞ!!」
「なにぃ!?」
 数分後、彼は救急車で運ばれて行った。

 俺を助けてくれたは橘勇(たちばな いさみ)という男だった。
 診断は、両足の複雑骨折。
 唯一の身内だという彼の祖母に連絡を取り、俺は入院の準備を整えた。
 夜。
 ひと段落つき、俺は彼を看病しながら問いかけた。
「俺に何か出来ることはないか」
「……何か……か」
 少し考える風な様子。
「遠慮するな。命の恩人の願いなら何でも聞くぞ」
「うむ……それでは、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
 ギプスに包まれた足を見ながら、彼はゆっくりと口を開いた。
「実は、今日から教育実習に行く事になっていたのだ」
「……教育実習?」
「そうだ。事故に巻き込まれ、今日は休むと連絡したが……」
 彼は口惜しそうに続けた。
「実習の延期は認められないとのことだ。事故の理由は何であっても、予定された日の実習を受けられないというのは、自己管理の能力の欠如とされるらしい」
 全治二ヶ月、最低でも一ヶ月は入院が必要だと医者は言っていた。
「す、すまん。そんな状況だとは……」
 教員資格の取得は難しい、しかも彼が行くはずだったという聖ルビコン女学院は、教育実習の単位取得が特別難しいとさる高校らしい。
 言葉を詰まらせる俺の顔を見て、彼は言葉を驚くべき言葉を紡いだ。
「だがら、明日から君に俺の代わりをしてほしい」
「……は?」
「俺の代わりにルビコン女学院に行ってくれ!」
「そ、そんなっ!」
「不幸中の幸いと言ってはなんだが、背格好、容姿も俺に似ている」
 教育実習の単位取得といえば難しいので知られている。
 だが、そんなことで怖気づくなんて、漢としてそんな姿を晒せない。
 それに、何でも言う事を聞くと言った以上後には引けない。
「わかった。単位取得、俺に任せてもらおう!」
「お前ならそう言ってくれると思っていた。今日から二週間お前はこの俺『橘勇』だ。頼むぞ」

 2

 翌朝。
 聖ルビコン女学院、その3年B組の教室。
「一日遅れになってしまいましだが、今日からこのクラス担当で教育実習をする橘先生を紹介します。それではご挨拶を……」
 B組担任の榊原先生が、俺を生徒達に紹介した。
 昨日から着任している他の実習生三人も教室の後ろで見ている。
 はじめが肝心。
 俺は大股で教壇の中心に立った。
 素早く黒板に名前を書き、親指で自らの胸を指し、バンと言い放つ。
「橘勇だ。みんな、頼りにしてくれていいぞ」
 途端、クスクスと笑いが漏れる。
 これくらいの冷やかしに怖気づく俺ではない。
 むしろ、この笑いは漢として規格外の証だ。
 一発演説でもかまそうとその瞬間、
「先生」
 すっと、手が伸びた。
「どうしたのかしら、千島さん」
 榊原先生に指された長い髪を縦ロールにした生徒がゆっくり立ち上がり、優雅な仕草で髪をかきあげながら言った。
「先生、この暑苦しい教育実習生は学院の仕組みをご存知ないみたいですわ。教えて差し上げた方がよろしいのじゃなくて?」

 縦ロールは、そうのたまわった。
「……説明?」
 俺は榊原先生を見た。
「ほら、教育実習の単位の取り方ですよ」
 ……取り方? ちゃんと授業をして、レポートなりなんなりを提出すればいいのではないのだろうか?
「橘先生、知らないんですか? 資料は渡っていると……」
「いや……」
 橘の偽者なので見てません、とも言えずうろたえてしまう。すると、教育者らしい保護愛を発揮した。
「しょうがありませんね。それじゃ簡単に説明します。ええと、現物を見せてあげたほうがいいわね。千島さん、あれを見せてあげて」
「ええ、かまいませんわ」
 彼女が机から取り出したのは、携帯のストラップ程度の大きさの銀色のロザリオだ。
「これを生徒一人が一個、持っています」
 それが、学院の仕組み? それって一体?
「このロザリオは、その生徒が教育実習生のことを教師になるにふさわしいと認めた時、実習生に授与することになっているんです」
「……ふむ、それは面白いですね」
 ふふ、と意味ありげな笑いを漏らした後、榊原先生は言った。
「教育実習終了までに7個以上ロザリオを手に入れることができないと、単位は与えられません」
「……?」
「……理解できませんか?」
「鈍い方ですわね」
 縦ロールがそう言うと、その横の席の少女が組んだ両手の上に顎を乗せたまま、おっとりと言った。
「私たちからロザリオを七個受け取れないと単位はもらえない、先生にはなれないってことですよ〜」
「な、なんだって!?」
 また、教室中にクスクスと冷やかしの笑い。
「これが何を意味するか解って?」
 つまり……。
「お前たち生徒に対してご機嫌取りをするということ……か」
「あら、ご名答」
 そう言って馬鹿にしたように拍手をした。
「ご奉仕おねがいしますね〜」
 隣のおっとりも、満面の笑みで続いた。
 教育実習とは名ばかり、生徒におべっかを使うのが実習の正体だとは……。
「こ、こんなこと、許されるんですか?」
「なに言ってるんですか? これは選挙みたいなものですよ」
「そうですよ〜。選挙は民主主義の基本ですよ〜」
 おっとりが後を受ける。
「ぐっ……」
 他の実習生に不満ないのかと俺は、対面に視線を飛ばした。
「な、なに!?」
 教育実習生の三人の手にはロザリオが一つずつある。
 生徒は21人だから……。

【残り18個】
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